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  • khiro1

【白鵬・その8】囚われない



流れ、無意識や心、拍子について。

大横綱と、「五輪書(風の巻)」の津本陽(作家)の解釈。。


大切なのは流れ(双葉山)(白鵬)


双葉山が横綱だったころ、横綱は4人いたが全員が千秋楽までいったのは昭和13年の夏場所のみ。双葉山は3横綱に全勝。その決まり手がすべて違ったことを記者に問われ、


『自分としてはもちろん意識してそうしたわけでなく、とっさの呼吸でそうなった次第ですが相撲研究家のあいだではこういうことが大事なことに考えられるらしく、当時色々と論評されたものです。

相撲の得意は右四つと左四つに分かれるのが常識で、その得意のなかで臨機応変にいろいろな技が表現されるわけです。

そこで自分と相手との千変万化の体勢に応じて、最も適切な技を出すには、かねて身に着けたものがいつでもでてこなければいけないのです。

いわゆる無意識のうちに技がでてこなければならない。意識と体とが二途になってはダメなのです。この二つのものが、あくまでも渾然たる一枚となりきらなければなりません。』


白鵬の「守」は、ただ勝つに全神経を集中させた、「左前みつの確保」が全てだった。

二度目の綱取りを失敗して、その執着を断ち「破」の時代へ。

型からの脱却。

型にならなくても焦らない。

そして意識したのが『流れ』。


分解すると『立ち合い強く当たる。組んでよし、離れて良し。そこからは流れで焦らず、流れるようにいい相撲を取る。』心は「勝つ相撲をとらないということ」。


拍子を合わす(津本陽)


兵法の技の遅速を重視するのは正道ではない。

物事の拍子の間にあわないのを、はやいおそいという。

その道が上手になれば、はやく見えないものである…もっとも上手の人のすることは、ゆるゆると見えながら間の抜けないものである。何事も熟練した者のすることは、いそがしげに見えないものである。


津本陽…歴史小説で知られる直木賞作家。剣道三段、抜刀道五段、晩年は大東流合気武術の研究も。武道への造詣が深く剣豪だけの持つ高い境地や剣技の精密な描写をすることに長じる。

「合気を極めた男・佐川幸義 孤塁の名人」「鬼の冠 武田惣角伝」は手に汗握った。

武術好きには特にオススメ作家です(笑)


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